もうすぐ全てが終わる。 静けさが広がる夜の空には新月が浮かんでいた。逢坂茜は、そんな夜を堪能するためにテラスに出ていた。
「Closing Dark……ふ、良い夜だ」
葡萄ジュースを掲げている人物に向かって、1人はやれやれと首を振り、もう1人は枕を抱えていた。3人ともフリルが着いた可愛らしいパジャマを着用している。
「夜の到来ですね……会長、テラスから帰ってきてください」
眼鏡を光らせて茜に呼びかけるのは、奏坂学園の副会長……九條楓だ。寝巻きだが規則正しく首元までボタンを締めている。
「ん、パジャマパーティする」
楓と似た素材のものを着つつも、対照的にパジャマを着崩している小柄な少女……珠洲島有栖は、眠そうに目を擦っている。
「おいおい、有栖……子供は寝る時間だぞ?」
「違うでしょう。今回は……対皇城セツナの対策会議の為に集まったのですから」
……その言葉を聞いた瞬間、茜も有栖も巫山戯るのを辞めた。
皇城セツナ。
珠洲島有栖の実姉であり、他人を道具としか見ていない冷徹な少女だ。噂ではニューヨークで『負のオンゲキ』なる物を習得したらしい。その災厄とも言えるセツナが近々日本に帰国する……しかも、奏坂学園に襲来するかもしれないという情報を掴んでいた。
茜と楓はその経緯こそ知らないが、有栖の相談に乗り、対策会議を開くことになったのだった。
思い描いていた奏坂学園の姿から変質してしまう恐怖……それに対抗するための術を編み出す為に。
「……とは言ってもだ。我々3人が纏まって掛かっても勝てるか分からんぞ」
「……お姉さまは、強い」
「負のオンゲキは負の感情を糧に強くなる……でしたよね?」
「そう。オンゲキのルール上では絶対に勝てない」
逢坂茜率いる奏坂学園生徒会メンバー……『R.B.P.』は実力至上主義の一面も強いグループだ。
生徒会長の逢坂茜は『奏坂の赤き天災』と二つ名を待つほどの実力者でもある。……本人の性格に難はあるが。
九條楓は茜を制御しつつも生徒会副会長として実務をこなす……正確に状況判断が出来る少女だ。ふたりは共に高校三年生であり、この場で唯一の年下である少女……珠洲島有栖に相談を持ち掛けられていた。
次期学園長候補である珠洲島有栖からの相談は……緊急事態と判断するには充分だった。
3人は頭を抱え込んだ。奏坂学園はシューター養成所の一面もあるのだが、伸び伸びとしたプレイが出来ない生活を強いられてしまっては何もできない。
「チェスで喩えるなら……キングか?いや、クイーンが皇城セツナだな」
お菓子や化粧道具で散らばっていた机の上を片付けて、茜はチョコレートボンボンを中央に置いた。それから、口紅と香りの付いた化粧水を手に取った。
「この口紅はルーク、化粧水はビショップだ」
ルークの駒はどこまでも行けるが一直線にしか動けない……『⊿TRiEDGE』にあたるグループだ。
リーダーの高瀬梨緒は高校二年生で負けず嫌いな少女だ。元気溌剌な結城莉玖と冷静沈着な藍原椿はひとつ下の高校一年生。3人でチームを組んでいるが、莉緒に引っ張られて動いている印象だ。
ルークに対してビショップの駒は縦横に動くことはできないが、斜めにまっすぐ動ける……『bitter flavor』がこれだ。
「つまりだ……口紅が⊿TRiEDGEで、化粧水がbitter flavor訳だ」
「ん……どちらも一方向しか動けない」
「あの、会長。その……将棋で例えて貰わないと解らないです」
茜と有栖はチェスの駒の動きがわかるが、カタカナに弱い楓には意味不明だった様だ。茜は仕方ないと言うふうに言い換える。
「我々、R.B.P.が負けた場合……セツナを相手取るにはどちらのチームもやや力不足なのだ」
ジリジリとしたスリルゲームの様に、セツナに対して複数のチームを宛てがうのは危険だ。全員が再起不能になる可能性すらある。
「それならば、7EVENDAYS⇔HOLIDAYSはどうでしょう。有事の際には良く活躍すると聞きますが」
高校一年生の井之原小星と高校三年生の柏木咲姫の二人でユニットを組んでいる。R.B.P.と同じ様に年齢差が最もあるチームでもある。
普段でこそまったりしているが、この2人はコンビネーションも抜群だ。ゲームで培われた反応速度に攻撃にも防御にも転じられる応用性……グループの中でも楓は信頼していた。
「7EVENDAYS⇔HOLIDAYSはチェスで言うならナイト。将棋に例えるなら桂馬……不意打ちならまだ良い。だけど、お姉さまに小細工は通用しない」
有栖は手に持ったキーホルダーを7EVENDAYS⇔HOLIDAYSに見立てて動かす。
チョコレートボンボンからやや離れた位置に置いた。それから茜から受け取った口紅を正面に、化粧水を斜め右の位置に置いた。
「取り囲んでますね……チョコレートボンボン、セツナ様を」
「まあ、数で押し切るよりは少数精鋭で行ったほうがマシ……か?」
茜が悩ましげな顔で腕を組む。もし『負のオンゲキ』が大多数に対しても有効な場合、この作戦は失敗に終わってしまう。
「もし、全てがお姉さまの……皇城セツナの掌の上だとしたら?」
「はい?」
「……どういう意味だ。有栖」
有栖はチロルチョコを三つ取り出した。ビスケットにアーモンド、コーヒーヌガー。それらをチョコレートボンボンの後ろに置く。
「マーチングポケッツは、お姉さまからオンゲキを教えて貰ってるかも知れない」
「それは……どうでしょう」
楓が眉を顰める。彼女たちは奏坂学園の中等部に所属するグループだ。シューターフェスで良い成績を納めていたものの、ASTERISMに敗北している。
「現実的では無いな……。ただ、仕掛けてくるならそこだろう」
茜はチョコレートボンボンの後ろに控えたチロルチョコを、ひとつずつ丁寧に拾い上げた。
「千夏は……ビスケットだな。カラッとしているが、どこか後ろめたい感情がある」
右手で拾い上げて、左手の掌に載せる。チロルチョコとしてはメジャーなものだ。
「美亜はアーモンドだ。コソコソ隠れていたが……ASTERISM及び我々の戦力を把握の為に動いていたのなら筋は通るからな」
アーモンドもビスケット共に茜の左手に収まる。二つのチロルチョコは身を寄せ合うようにして載っている。
「そして、つむぎはコーヒーヌガーで間違いない。有栖……確かこの子は葵に敵対心を抱いていたな?」
「ん、嫉妬かも知れない」
三つのチロルチョコを左手に納め、チョコレートボンボンの斜め前に並べて置く。
「会長。もし学園にとって、彼女達が不穏分子となり得るのであれば……」
「彼女たちの潜ませた本音は分からない。ただ、それを知ることが出来るのは……セツナが襲来し、災厄が訪れてしまった日だけだ」
楓の言葉を、不安を……茜は抑え込む。疑い始めたらキリがないのはこの場にいる全員が理解していた。
「じゃ……どうするの?」
コテンと首を傾けて茜に話しかける。有栖はセツナ対策会議を半ば開くように仕向けた張本人である。しかし、問題が解決するはずないと……半ば諦めていた。息を吸い込み、事実を述べる。
「お姉さまを倒すことは……不可能に限りなく近い」
その言葉に、来るべき災厄に対して……反旗を翻る。
「甘美な遊戯を仕掛けようではないか」
逢坂茜は……諦めが悪い。それが例え、自分にとって最も不利な状況でもだ。
「ASTERISMに賭ける。セツナに対して、行える手立てがない場合……我々ではない誰かに未来を託すしかないのだ」
その言葉に、楓と有栖は絶句した。茜の突拍子の無さは今に始まった事ではない。しかし、エールが足りない事で補習を受けているようなASTERISMに奏坂学園の未来を賭けるというのは、理解を通り越して愚かとも言えた。
「なに……無名だったはずのASTERISMが災厄を止める。それ程までに美しい終わりは無いだろう?」
……だがしかし。負けが前提の大博打に乗ってでも『逢坂茜』という人物を九條楓も珠洲島有栖も、信頼していた。
「全く……会長はいつもそうです。こうと決めたらテコでも動きませんからね」
「新人育成に力を入れるのは、賛成」
やるなら徹底的に……そして、いつもの奏坂の生徒会らしく騒がしくやろう。
「遊ぼ。お菓子もたくさんある……ん」
そう言いながら、有栖はテーブルの中央に鎮座するチョコレートボンボンを口に運んだ。
逢坂茜はマイクに向かって話し出す。緊張を吹き飛ばせるように、いつもの調子で……大袈裟に語り出す。
「……あーあー、テステス……」
「我が名は逢坂茜。生徒会長、逢坂茜様だっ!!」
突然のマイク放送にざわついていた学園全体が、いつもの事かと言いたげに静かになって行く。逢坂茜の横暴は今に始まった事ではない。
「ASTERISMよ、1分だけ待ってやる。それまでに生徒会室に来るがいい!」
再び騒がしくなったのは……呼び出した相手が、予想が付かないほどのグループだったということくらいだ。
……こうして、物語は始まる。
【第1章チャプター8:世界征服のお誘い】へ続く。
見つめた瞳はまだ熱いけど
勝負を譲るようなレディじゃ
つまらないでしょ
Ruler Count Two One…… (Zero)
どちらが惑わせたそんなのどうでもいい
狙いをつけて 喉元にキスをした
どこかに潜ませた 本音を知るのはCheckmate
美しき終わりにしましょう
私の掌の上で
私のさよならで
どうも、赤瀬紅夜です。
オンゲキのオリジナル曲をベースにノベライズするプロジェクト、書いてみたよー!
いやあ、書いたことなかったからどうなるかな?と思ったらスルスルと筆が動きました。やはり茜様は史上だね。
そんな訳で久しぶりに小説を書きましたが、動画の方も更新しているのでそちらもぜひどうぞ!
pixiv版公開しました!
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